終戦の日に

 今日はあの太平洋戦争が終わった日からちょうど77年目の日です。日本武道館では国の戦没者慰霊の式典が行われ、全国各地でそれぞれに平和を祈っておられる様子がテレビで紹介されていました。私も正午の時報に合わせて黙祷をさせていただきました。

学生時代になって初めて父から聞いた話しですが、父は当時19歳で広島の部隊にいて8月5日にたまたま部隊が高松に来ていたそうです。翌6日原爆投下の報が入るや、属する部隊はその翌日すぐに広島へとって返し、口に出来ないようなむごたらしい惨状の中人々の救護等に追われたとのことです。父は二次被爆者となって後年ガン等の病いと戦うことになりました。また中国大陸にいた妻の親類の中の2人がソ連軍侵攻によってシベリアへ送られ極寒の中で塗炭の苦しみを味わったそうです。1人はシベリアへ送られた人の中では最年少の16歳であったとか。今の高校1年生ですね。2人とも何とか生き延びて帰ってくることが出来ましたが、その経験の一端を聴いただけで、もう言葉になりません。義母は北朝鮮北部、中国との国境に近い所から命からがら親と幼い弟を連れ死線を越えて引き上げてきたそうです。如何なる事態になろうとも戦争だけは絶対に避けなければいけません!今のウクライナの現状を各種報道で見聞きするにつけ、改めて父や義母、親類の方の話を思い出しては平和の尊さに思いを致しています。

     新 町 橋 南

 

       孫 娘 の 初 お ど り

     両 国 橋 踊 り 広 場

                 に わ か 連

     新 町 川

     遊 覧 ボ ー ト

    新 町 橋 踊 り 広 場

 

                      前列の孫娘と両脇のお友達

 ちょうどお盆の時期、我が徳島では阿波踊りの真っ最中、今日は4日間の踊りの最終日です。コロナ禍で3年ぶりの街頭演舞場再開となり、以前の人出には及びませんが皆踊り見物に熱中、見る人それぞれの笑顔、踊る人のはち切れんばかりの笑顔に平和であることの喜びをかみしめています。私の4歳の孫娘も乳母車で見物した3年前から成長し、今年は一昨日・昨日と2日間娘の属する「天舞連」で赤い法被も嬉しくお友達のチビッコ2人と共に上手に踊れました。私は親バカならぬジジバカでカメラとビデオで大忙し、汗だくです。帰宅して万歩計を見ると1万歩を超えていました。疲れましたがビデオを見ると嬉しいものです、疲れもどこへやら。

    高 砂 ユ リ

 

 

 

 

                  ス ズ 虫 の 鳴 き 声

 今朝もいつものように早く起きて庭木の水遣りをしました。10年ほど前から庭のあちらこちらでお盆に合わせるように咲き始めた高砂ユリ、今が盛りと開いた白にふと亡き両親・義父母の在りし日のことを思い起こしたりします。気が付けば、もう先日までのかまびすしいクマゼミの声はなく草叢からはスズ虫の声がし始めています。揺れる木の葉に「秋来ぬと目にはさやかに見えねども‥‥‥」かの有名な古今和歌集の一首を思い出しました。

毎年車で出掛けている全国「阿波古代史探訪」日程、一週間余で出来上がりました。10日間、今年もまた昨年に続いて関東・伊豆諸島へ阿波ゆかりの神々を祀る神社仏閣・古墳遺跡等を巡って来ます。いずれその成果を主催講座、ホームページ、YouTube動画配信等でご紹介させていただきますので乞うご期待!です。

さあて、近づいてきた土曜日の講座の準備に取りかかります!

 

 

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